レコンセクレーション TM

関連読み物:『 三輪山とのレゾナンス(共振)』

September 2006~October 2007

2007.10月15日 記 (2018年一部を編集)

奈良に4年間住んでいた時の自宅の窓からは、いつもこんな風に三輪山が見えていました。

皆さんご存知のように、太古から「神の宿る場所、カムナビ」として崇拝されていたこの山は、現在、大神神社によって守られ、お陰でいつまでもその神気をとどめています。遠方から、たくさんの方々が日々、神社にお参りに来られます。また、多分三輪の周辺にお住まいで、ご神気とともにお仕事をされている方も、いらっしゃるのではないかと思います。その方々にとっての三輪山は、ずっと同じ三輪山であってくれると思います。私がここで綴っているのは、あくまで、私が触れ、見つめてきた三輪山の一側面です。他の方にとっての三輪山が、私が見ている三輪山とは違うものであるのは、当然だと思います。神の山ですから。。高次元の周波数を保ち、多次元的で、多層的なのです。

ピンとこない方は、どうぞ、あなたの三輪山像を大切にし続けてください。現実はそもそも、たくさんの平行事実を持ちます。実際に、訪れる人によって違う顔を、山や自然は見せてみれるものかもしれません。ヒーリングは実際にエネルギーの中和や還元を起こし、クライアントに変化をもたらしますが、そこにはヒーラーと受け手の間に共振するエネルギー場が開かれるからであり、自然や、もちろん三輪山も、その場その時々で、違う顔を見せてくれることで、それぞれとのバラエテイ豊かな共振場を産み出してくれるのでしょう。貴方が「こうだ」という姿でそこに在ってくれる。。それが、あなたにとっての真実の三輪山です。

20才のころ(1993年)にこの山、この場所と出会い、魅せられて今日に至ります。この山とのエネルギー交換や、少しでも私がお役にたった「変換」や諸々の共振は、エーテルレベルのことです。何か、特定の人々の信仰や主張と摩擦するものでは決してありませんので、その点どうぞご理解ください。

男性エネルギーの山

1993年前に初めて山辺の道を歩いたとき、桧原神社の清澄で女性的な波動と、対して三輪山の悠とした男性的、父性的な波動はとても印象的でした。大和という土地全体がだいたい、男性的なエネルギーを持っていると思うのですが、そのサウンドが、生来スピリットが男性的なせいか?、私にはとても心地良く響きました。当時は20代前半、OL でしたが、東京から何度も何度も奈良を訪れ、三輪山をうっとりと眺めていました。話によると昔から三輪を女性的な温かい山として認識している人も居るそうなので、私のアンテナ、受信装置では、三輪が持っている男性的な要素を主に感知していた・・と言うことも出来るでしょう。

土地と人の相互作用

土地というものは、ある意味で生きているとも言えます。それぞれの土地が担う役割が、太古の神々(宇宙人とも言えますが)によってレイアウトされている場合もありますし、その後の人類の歴史によって土地が背負うことになってしまったカルマも積み重ねられます。そしてもちろん、今現在その土地の上に住んでいる人々の集合意識のエネルギー場が大きく影響し、「土地のエネルギー場」を創り出しています。

2006 年10月からスタートしたセッションとともに

自分自身が仕事としてヒーリングを始める以前、私はセッションを受けるクライアントの立場になることが殆どありませんでしたが、奈良に来たことを機に、エンジェルリンクでお世話になった事がある先生のところへ、ヒーラーとしての自分の日常的なメンテナンスのつもりで通うことにしました。10月に受けた一回目のセッションで、サンダルフォンのアチューンメントが起こり、サンダルフォン・ニュートリションが生まれることになりました。二度目は、その仕上げのセッション。2007年1月に受けた3度目は、ハイヤーセルフが巨大な卵から顕現する・・ような、不思議な感覚を得て、三次元における自分の在り方がシフトしました。そして、三輪山が大きく関わったのが、3月25日に受けた四度目のセッションでした。

サンダルフォンが降りてきた一度目のセッションにおいても、前半はやはり三輪山を感じ、その往路の電車ではトランス状態になりチャネリングが起こり、三輪山の地下世界を見せられるという体験をしていました。帰りの電車では、三輪の自然霊の世界を総合的に感知するような不思議感があり、そのイメージを知人のアクセサリー作家の方に伝えて、オーダーメイドのジュエリーを創って頂きましたが、そのプロセスでは互いに不思議なシンクロを体験し、結果的には三輪と重なるようにケルトが出てきて、私が以前から思っている、「三輪とグラストンベリーの磁場は通じ合っている」ということの証しではないかと、思ってもいました。

また、三輪山の神と契ったという神話が残る、ヤマトトトビモモソヒメの箸墓古墳も自宅からすぐなのですが、しだいにこの古墳のエネルギー的な存在感も、感じるようになってきました。またある日には、自分の体調不良を感じて集中的にセルフヒーリング、瞑想をすると・・・地下のどこかに意識が繋がっていき、それに促されるように土地とのイメージワークをしていると、しばらくして大きな水の流れがドドド〜っと、迸り出るのを感じました。そして、歓喜の声が聞こえたのです。「水門が開いた!!」と、歓び合うたくさんの人々の声、歓喜の波動が伝わって来たのです。

「????」と訳がわからない私は、一体誰が喜んでいるのか、少し怖いような気がしつつも、未知なる「仲間たち」の気配に触れることが出来て、歓びました。この頃には、サンダルフォンのシンボルを大きく周辺の土地の空中に書いたりして、自然霊の世界に対してもかなり落ち着いて感じ取ることが出来るようになってきました。移住直後は、この周辺の土地や自然界から発せられるマンハッタン並みの「情報量の多さ」に、意識は混乱していたのです。。それが徐々に、自分の中で整理されてきた(無意識の次元で)ようでした。

そして、迎えた3月25日。

大きな幸運のひとつとして、この連続セッションを見守ってくださる先生が、三輪との魂的な縁のある先生であった、ということです。三輪山のエネルギーがセッションに現れて来ても、先生が解説してくださるという、言ってみれば三位一体のような状況が、セッションにおいて生まれていたと思います。私のセッションのプロセスの中で、三輪山とのワークが進んでいく為には、先生も含めての無意識レベルでの共同作業が起きていたのだと、自然、思えます。クライアントの皆さんが共同参画してくださったように、先生の橋渡しなしでは一連のワークは起こりえなかっただろうと、感謝とともに思います。心より、ありがとうございます。

いつもセッションでは、はっきりとしたエネルギーの動く感覚が面白いほど感じられるものですが、この日はまったく、自覚される感覚がないまま、長い時間が過ぎました。側で見ている先生も不思議に思われたようで、暫くすると(一時間程経過したころ)先生は立ち位置を変え、私の足側に視点を置くと、起こっていることに気付き、説明して下さいました。私のオーラ全体に円錐形の山が・・つまり、三輪山が出来上がっていて、そのトップ(私のクラウンチャクラに重なる)から、山の底辺に向かって、水のような微細な淡いエネルギーが滔々と流れ降りているとのことでした。ちょうどその当時、私にとってのスピリチュアルなテーマは、「三輪の地下水脈」でした。前述の、「水門が開いた!」の出来事もあり、以後、吉野方面から遣って来ているという、三輪の地下を流れる水と、そこに乗っているエネルギーがとても気になっていた頃でした。

感じ易い私でも、ほとんど動きを感じることがないくらいの、精妙な「水の流れ」のエネルギーは、何を意味しているのか。。「私が三輪山そのものになっている」または「私の姿が三輪の神になっている」という先生の読み取りは、私自身も感じられる事と一致していました。三輪の神・・というのは、なぜか日本的ではなく、そうかといって西洋的でも無いのですが、背に翼があるような無いような、天使のようでそうではない、一体何者?という感じでした。とはいえ、初めて見る姿ではなく、直感的に「スクナヒコナの神」であろうと感じました。スクナヒコナの神は、日本神話では「三輪のオオモノヌシの神と一緒に、当地を治めた、小さな身体をした神である」ということになっていますが、私の感じることは、

三輪の神と古代の人々が呼んでいたもの(白い蛇として伝承されるもの)とは、ヴォルテックスとしての三輪山を、まるで蛇がトグロを巻く様に渦巻きながら取り巻いていた、「白い巨大な光の帯」であり、同時にそれは、宇宙エネルギー(言い方を変えれば大地のエネルギー)であろうと。。そして、その「使い手」として、太古、その地に「降臨」し、宇宙や他次元へとつながるゲート(扉)である三輪の地を管制・コントロールしていた集団の代表、それが「スクナヒコナ」という人物神であろうと。。その二つの関係性を目にしていた太古の人間が居るならば、巨大な宇宙エネルギーである白い渦が、三輪山の神「オオモノヌシ」となり、それをコントロールし、それを使って仕事をしている人間に似た姿をした宇宙人または高次存在が「スクナヒコナ」という神として認識され、伝承されたのではないかと。「スクナヒコナ」という名前は「小さな人」というような意味で、日本神話では「スクナヒコ」という男性が「オオヒコ」とセットで兄と弟として出てくるなど、あまり個別化された名前ではないと感じます。

三輪の水の女神について

そして、以前からの趣味の雑学からの考察・視点と、これまで肌で感じて来たこと、そして移住後、セッションやワークを通じて感じ取って来たことを総合すると、吉野方面から三輪に流れているという水脈は、女神のエネルギーを運んでいます。それは、天川にも通じるかと思いますが、サラスヴァテイ(弁財天)、ハヤサスラヒメ、コノハナサクヤヒメ、セオリツヒメ、シラヤマキクリヒメ・・・という沢山の名前をもつ、地球においてはとても原初的な、全世界にも共通する「白い母神」のエネルギーであり、その姿や名前は古代から、「山」で象徴されます。

ホワイトゴッデスのページでも書いていますが、シュメールの母神、ニンフルサグは「山の貴婦人」と呼ばれていました。その系統の女神エネルギーに魂のご縁を感じてきた私は、結果として身近な三輪の森のあちこちで、同じ女神を感じることになりました。ホワイトゴッデスのワークが出来上がった当時も、それに気付いていましたが、このワークの中で対象物やクライアントのオーラに、とぐろを巻くように白いエネルギーが昇っていく姿を何度も見る様になり、ますます、ホワイトゴッデスと三輪のヴォルテックスエネルギーとの関連性を感じるようになりました。逆に言えば、6次元のホワイトゴッデス(=シリウス)のエネルギーが、三輪山にも顕現している・・と言う事も出来るでしょう。螺旋というのはシリウスのエネルギーが見せる特徴の一つでもあります。

地下を流れる水のエネルギーは女神。そして、とぐろを巻く「オオモノヌシ」が女神エネルギーであるならば、三輪山が男性的であり、三輪神オオモノヌシが男性神であるという伝承は、どういう意味を持つのでしょうか。。。まず、オオモノヌシの神が男性であるというのは、他の全ての神話と同様に、太古の女神崇拝、太女神崇拝が男性社会、父権社会への転換により書き換えられてきた事によるのでしょう。そして、三輪山が有していた、男性的な波動は・・?

サナト・クマラとスクナヒコナ

スクナヒコナの神は・・ニューエイジで私たちが「サナト・クマラ」と呼んでいる存在と言い切れるかどうかは、分かりません。ただ、三輪の森で出会う時に背に翼を持ち、時に日本的な着物姿をしていたり、時に宇宙的な姿をしている、白い男性性の高次元存在=カミ を、私はサナト・クマラであると、最終的にワーク誕生の瞬間に受け入れました。細かいことを追求されたら、私は詳細に全てに答えることは出来ません。ただそう感じ、これまでのいくつもの「三輪の神」との邂逅を振り返り、体感として納得するものがあります。サナト・クマラは神智学では地球の惑星ロゴスであり、人類やこの世界全ての父のような存在です。地球内界(5次元)のシャンバラに身を置き、地球人類の進化を管制していると言われます。必要に応じて、この数百万年の間には世界の各地に「降臨」し、彼の仕事をした・・今現在も、している・・と言えます。

宇宙基地・次元のポータルとしての三輪

三輪だけではなく、エネルギースポットと呼ばれる場所の多くが、そうであると言えるかもしれません。とくに山。そして、古代からの祭祀場や墳墓が築かれているような場所。謎の巨石遺物が存在しているような山の頂きや、有名な所ではエジプトのピラミッドなど。次元を越えていく扉の役目をすると言われます。私はどうしても、三輪を見ていると宇宙を感じます。山なのに、山に見えず、宇宙の星星をみているような、ノスタルジーに駆られます。

実際に、別次元に抜けるゲートは、私たちが知らないだけで、あちこちにあるのかもしれません。

3/25の「一体化」から、起きていたこと

セッションにて「三輪山アチューンメント」が起きていた今年の3/25日を境にして、不思議な変化が起こりました。三輪山を見ても、以前のようなトキメキ(笑)を感じないのです。私は、その理由がしばらく分からず、アチューンメントによって自分が三輪山と周波数が近くなり、近すぎてその波動を感知できなくなってしまったのかなと、解釈していました。その後、急にぱったりと大神神社に行かなくなり、2〜3ヶ月に一度というペースになってしまいました。以前は、見上げるだけでうっとりしていたので、何も感じなくなったのを、淋しく思っていました。

数ヶ月後、久しぶりに呼ばれたような気がして神社に出かけたとき、参道を歩いているといつもとは違う何か・・通じ合う空気のようなものを感じました。ひとつひとつの摂社、本社を巡るたびに、なぜか自動的にホワイトゴッデスのワークが始まるのです。白いエネルギーの源泉ミニチュア版が降りてきて、その聖所(磐座や、摂社のお社など)に光が降り注ぐのです。途中からは、私は意義を感じて、意識的にそれをやりながら進んでいました。すると、「気道を開く」という言葉が、意識に降りて来ました。

その日、新潟では大きな地震がありました。また、京都を震源とする地震があり、なぜか北海道で揺れたという不思議な現象が起きていました。奈良は、まったく揺れなかったと思います。「気道を開く」・・数ヶ月振りに呼ばれた三輪の森で行なっていたワークが、何か関係していたのか。少しでも、溜まっていたエネルギーを逃がすための「気道」を開けるようなことを、スピリット達は促していたのでしょうか。

或る大きな気付き

サナト・クマラと白山姫の統合エネルギーとの交感が突然に起きたのが、10/9のこと。ですが振り返ってみると、そこに至るための準備が多角的に起きていたことに気付かされます。その中で最大の気付きが、10/4の朝、知人からの電話で会話をするうちに自分が気付けば口走っていた・・「三輪山のエネルギーは、男性エネルギーから、女性エネルギーに変換された」という事でした。。自分で語った瞬間に、「なるほど!」と半ば興奮したのです。以前のような男性的な悠々とした山から、母のようにひたすら懐かしく温かい山に変わったのは、そのせいだったのです。

3/25のあの風変わりなセッション、「三輪山アチューンメント」の意義は、そこにあったのです。私自身が三輪山にならなくてはならない理由は、そこにあったのです。あのセッションの場・・神聖なエネルギーに包まれ守られたスペースで、私が三輪山になり、白山姫である三輪山と、その守り手であるサナト・クマラが、あの場でひとつになりました。セッション用のベッドで寝ている私のオーラ全体に三輪山が現れ、やがて私の姿が「三輪の神」つまりサナト・クマラになっていた(私自身もそう感じていた)のは、物理的な山と、女神エネルギーと、管制者サナト・クマラがひとつに融け合った・・

そんな気付きに新鮮な楽しさ、歓びを感じながら、現実生活の中で起こった「事件」に翻弄され感情の噴火を体験した後に、最後のとどめ、10/9の、シャンバラの扉の向うに招かれるという体験が起こりました。その光の中で、肉体にドクン、ドクンと入ってくる強力なエネルギーが意味するものを、頭の奥深くの異次元スペースが受信しました。

地球上全てで、男性性から女性性への変換が起こる

太古的なフェミニズム、女神崇拝が象徴する女性性の本質。それが、ヒーリングやエネルギーワークと出会う前に私が見つけた、ライフワーク、ライフヴィジョンでした。そしてエナジーワーカーとなった後は、さまざまな高次エネルギーのチャネルとして、皆さんに癒しと変容の機会をもたらすお手伝いをする事に素直に歓びを感じていました。それらの二層が折り重なり、更に大きな枠で、ライトワークが始まっていることに気付きました。それは、私ひとりではなくグループで一緒に進める『アースワーク』(Amari造語)。

ガイアの大切な肉体である大地を、本来の女性エネルギー優勢の状態へと戻していく作業です。それは社会的な構造の変化と連動していくと同時に、女性たち自身の意識変容・男性たちの中の女性性の変容とも、連動して進んでいくことでしょう。土地(大地)と人間が共通するエネルギー場にあるからには、大地のエネルギー変換を同時に進めていったなら、ガイアの肉体の浄化も、人間社会の癒しも、相互作用により当然促進される。シャンバラからこのワークが降りてきた理由は、ここにあると信じられます。

人間がガイアと互いに慈しみ合い、自然界を友として、石や精霊たちと語っていた調和の時代。はるか太古の世界。天使が舞い降りていた、ファンタジーが現実だった時代。。。その頃、地球の大地は男性性と女性性のバランスの点では、両性がほぼ同じでやや女性性が優勢だった状態にあったのではないかと考えます。地球は女性性。宇宙の根源は女性性。万物を産み出すのは、女性エネルギーの仕事です。森羅万象の流転、滅びてまた生まれるという流れを産み出すのは、女性エネルギーによる宇宙の力学です。私たち人間も、大地も、「やや女性性寄り」の状態にあることが、調和の中で生き易くあるための微妙な立ちと言えるのではないでしょうか。各時代時代に必要な設定がありますが、少なくとも今は、分離から調和へと向かう、つまり男性性から女性性への変換が必要な流れの中に在る、と考えられます。

社会全体として、意識の上で「真ん中よりもちょっと女性性」というメモリが実現するならば、父権社会でも男性社会のままでも、世の中のありようはかなり変わるでしょう。争いが減り、調和と美意識が増えて行く筈です。街は美しくなり、子供が増え、戦争がなくなり、競争がなくなり、家族システムも安定するでしょう。つまり持続可能な世の中になっていくとイメージ出来ます。

女性たち自身の意識改革も、何より必要だと感じます。

 2007.10月15日 記 (2018年一部を編集)

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/ワークの詳細:レコンセクレーション

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